私という旅―ジェンダーとレイシズムを越えて



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フィリピン・ディアスポラの脱民族主義とポストコロニアリズム

「ジェンダーとレイシズムを超えて」というタイトルからは、日本で生きる第三世界の女性が、日本社会の性差別と人種差別に抗議したもので、政治的正義かもしれないが内容はちょっと凡庸だろうと予想してしまう。だが、本書を読んでみると、予想すらしなかった斬新な主張が出てくる。昔のフィリピン人の活動家ならば、民族の誇りだとか、真の民族主義といった結論に至るのだが、本書では、むしろ民族主義からの脱皮とポストコロニアリズムの宣言をしてしまうのである。

「法律上、私の国籍はフィリピンです。ですが、はっきり言って、たとえば、フィリピン女性、第三世界の人、女といったラベルといったものは何であれ、欲しくはないのです」(25)「差異や多様性を大切に組み込みながら、ヒエラルキーなくともに生きる途はないのでしょうか。どうしたら私たちは、われわれ意識に凝り固まって他者を排除した空間を作ることなく、調和しながら、社会の内に根づいて生きることができるのでしょうか」(26−27)

「第三世界の出稼ぎ労働者のためにあるんじゃない。私たちのことを考慮した語学の本が必要です。そんなものがあれば私たちの経験を表現することができるのではないでしょうか」(58)。

おそらく彼女の主張は、民族主義を掲げるフィリピン人インテリには絶対に受けいられないだろう。だが、第三世界解放運動の希望が潰えた現代において、民族や国家の境界を越えた自由人として世界を生きていこうという発想からは、彼女が誠実に現場で物事を考えていたことを伺える。良く読んでみると、サイードやラシュディなどの移民し移動しながら考えていった文学者たちとも共通する議論が多い。民族やポストコロニアリズムといったテーマを考える際にも、ぜひ読んでもらいたい。



青土社